上京物語

今日はクリームあんみつを食べてきました。
もうちょっとだけ、東京らしいことをいろいろやって、それから実家に戻ろうかな。
何かを探し求めて上京したけど、見つかったものは、結局、地元にいたって出来ることだった。
もうそろそろいいかなぁって、最近は身辺を片したりして、いつでも戻れる準備を始めています。
焦る気持ちが無くなったから、今はとっても気が楽。
携帯から投稿できなくなってる
ここ3日ぐらいずっとです。絵の画像送れず。これは私にとってはとっても痛いです(ノ_・。)。仕方がないので文字だけの日記を直接書き込みすることに。早く復旧しないかなぁ。
木曜日は妹からとてもびっくりなメール。
妹よ、ねえさんはこのメールを読んで、もっとちゃんとした大人になれるように頑張らなくちゃと思ったよ。
そしてこの日は六本木までfly sleep flyのライブに行ってきました☆めっさ楽しかった♪
彼らの、全力疾走で、輝いてる姿にたくさんエナジーをもらったなぁ。転んでのんびり倒れてる場合じゃないっもっと加速しなくちゃ!と思いました。プレゼントのイラストも喜んでいただけましたo(^-^)o。
土曜・日曜は、学生の頃からずっとお世話になってるもういっこの副業的なお仕事(香桜さん、見てる?)。
朝から夕方までのは、サクッと終わった上にお弁当も出た。とてもラッキーでした。
夜から早朝にかけてのは、帰りのタクシーで車酔い。うぇ。
今週、全く別々の日に、偶然二度も同じ美容師さんに会った。お互いびっくり。何だかディスティニー。
苗場のバイブスが伝わってきたよ

フジロックに行った友人が、「どしゃぶりの豪雨と雷のなか、頑張るエルレガーデンとエルレキッズ達です」言って写メを送ってくれました♪
「修羅上等!」とばかりに逆境に立ち向かってる感が、さすがだぁ。
私もオイオイコール?でみんなとの一体感を味わいたかった(つ_;)
「ネコに風船」



好きなトキに泣いて
好きなトキに安らいで
シンプルなことだったはずが
難しかったりする
こんな悲しい世界にも
小さな愛はたくさんある
大きくなくていい ふくらんでゆく
赤い風船になる
(大塚 愛 「ネコに風船」)
今、時間を見たら、偶然にも22:22(゜O゜;)!
新発見☆









今夜はプレゼン用に資料を作成していたのですが、言葉と絵が一緒になった途端、作品に新しい命が吹き込まれて、急に生き生きし出してくような感覚がある!
近所のマックの営業時間が夜の2時まで伸びてくれたお蔭で毎日の作業が進むようになりました。家でだとどうしても煮詰まってきたり、だらーんとしてしまうので。
寝不足はしょうがないけど、やりたいことでだったら、多少の無理はしても、その後の疲れ方も充実感も全く違います。
『流れ星』(last-scene)

年明けから進めてきた『流れ星』も、いよいよ残すところ最後の一枚になりました。
夕焼けのシーンに挑戦です。
やったことないことは、いつもいつも、不安です。
あるドキュメンタリー番組で、自閉症の男の子のお父さんが言っていた。
「日々のことで精一杯。先のことを考えると...。
でも、
(出来るようになるまで何もしないことは)"泳げるようになってから、水の中に入る"といってるようなもの」
この言葉を思い出す。
不安に追いつかれるより前に、一生懸命目の前のことに向かう。
別にそこまでしんどい思いしなくても済むような、行きたい場所まで辿り着ける方法がどこかにあるのかもしれないけども、そのほうがどんなに良いかとも思うけれども。今はわからないから、でも、そういうしんどさのあとに手にした喜びは、何にも変えられない。
「金魚花火」 完成



夏の匂い 雨の中で
ぽたぽたおちる 金魚花火
光で 目がくらんで
一瞬うつるは あなたの優顔
(大塚 愛 「金魚花火」)
大塚愛さんというと、元気でハッピーな曲のイメージしかなかったのですが、この曲を初めて聴いたとき、心の中に抒情的なイメージがパア〜っと広がっていってすごく驚いたのを覚えています。
感動が、作品づくりのいちばんの動力源です。
どういう人に出会ったか、どんな言葉、風景、音楽、作品に出会ったか。
インスピレーションをくれる人や場所や、作品というものが確実にあって、そういう世界がくれる贈り物に、私は強く惹かれてならないのです。
出会ってしまったなら最後、描かずにおれないのです。
"無限なる創造性"

中学生のときに描いた学校祭のポスターです。
今年、地元の中学校が50周年ということで、それを記念した冊子が発刊されて、そこで偶然にも、もうすごい久し振りに目にして。
"無限なる創造性"っていうテーマから、自由に空想を広げて描いてよかったんだけど、当時、印刷代も高かったのかな、色は3色しか使ってはならないという規定がありました。
もう15年以上も前に描いたものだけど、今と、描きたいものってそんなに変わってない気がする。"無限なる創造性"って、良いテーマだったなぁ。今でも、私にとっては、それがすべてだ。
今見ると、滅びゆく恐竜たちが、未来に生まれ来る世代(私たち)に希望をかけてる、という絵に見える(当時は、そんなこと考えずに何となくで描いてたんですが...。それに、たぶんだけど、物事を客観しようとすることは、私にとってはダメだと思う。頭で計算したりだとかも。というか、やろうと思ったって出来るわけがないので、このまま直感のままに生きていきます)。
全然、美術部とかでもなくて、部活も陸上部だったんですけど、選挙ポスターを描いたり、交換日記で毎日のように漫画を描いてたり、なんだかんだやっぱり絵を描いていました。
写生大会とかでは、他に上手な子はいっぱいいたし、技術も無いので先生とかにはあんまり選ばれるタイプではありませんでした。
でも美術部に入った子が、三年目で思いっきり上達した作品を目の当たりにしたときはショックだったなぁ。陸上部に入ったことを心底後悔しました(練習内容のキツさも含め。ただし根性だけはついた?!)。
1年生のときの美術の先生がすごく良くて、将来は美術の先生になりたいかもっと思ったこともありましたが、3年生の3学期には美術の授業でなんと、提出が遅れに遅れて、輝かしい"1"をいただいてしまいました(^-^;。
学校祭のポスターも、その場にいた先生は「俺はこっち(他の子が描いた絵)のがいいと思うんだけどなぁー」ってずっと言ってて。多数決で決まった後もずっと言ってて(先生、あんまりです)。
でも、そのときだけは、生徒が選んだんだった。
「○○ちゃんの絵は上手いけど、ちーこの絵が好きだよ」って言って励ましてくれたのはいつも同級生の子たちでした。
今でも、フリマなんかに行くと、小・中学生の子どもたちに支えられ、助けられてます。
大人の方々には、今でもあんまりやっぱりな、という感じです。
「余計な心配」 一枚目完成


「余計な心配」
水波めのう
近所の本屋さんにふらっと立ち寄った
あいかわらず詩の棚は人気がない
けれどその日はめずらしく
二十代前半のカップルが
甲高い笑い声と共に
私を押しのけるようにやってきた
ミニスカートに高いヒールの靴
ブランドづくしの美人の彼女に
いかにも頼りなさそうな
無精ひげの地味な彼
こんな二人が詩に興味があるのかしらと
卑しくも目のはしっこで見ていると
彼女が手にしたのは中原中也だった
「こい人よ、おまへがやさしくしてくれるのに、
私は強情だ。」
彼女は詩の始めの方を少し朗読すると
自分はこの詩がいちばん好きだと言って
本を棚に戻した
なぜ彼女はこの詩が好きなのだろう
なぜ彼女はこの詩を教えたのだろう
彼は戻されたばかりの詩集を手にし
暗記するようにブツブツと読み始めた
雑誌の棚へ向かった彼女にも気付かない
詩人の名前も知らないと言った彼が
一生懸命に読み砕いているのは
詩ではなくて彼女の心
彼女のさりげない課題に
彼はどう答えるのだろう
しばらくして
自分の後ろにいない彼に
やっと気付いた彼女が彼を呼びに来た
彼は慌てて本を閉じると
彼女の後を追いかけて行った
たぶん明日あたり
彼は詩集を買いに来るんだろうな
きっと彼女には内緒で
(『詩とメルヘン』星屑ひろい・自由詩篇より)
「十四歳の朝」


十四歳の朝
水波めのう
古い小さな姿見に
涙でぐちゃぐちゃの顔を映しながら
まるで何かの呪文のように
繰り返し 繰り返し 繰り返し
これでもう楽になる
これでもう苦しまない
これでもう自由になれる
そう自分に言い聞かせていたあの夜
左手ぎゅっと握りしめて
右手に剃刀握ってた
冷たい刃を手首にあてて
自分の死に顔
鏡の中に垣間みる
シツレン? ソウカモシレマセン
イジメ? ソウカモシレマセン
ツライ? ソウ ツライノデス
ナゼ? モウ ワカリマセン
鏡の端に映っている
あのカーテンの隙間から
明日光が差す頃は
私はもうここにはいない
十四歳のひなびた抜け殻一つ残して
すべて私が望んだとおり
すべての煩わしさから
解放されているはずだから
夜の塵を消し去るように
鳥の声が聞こえだすと
新聞配達や牛乳配達の人が
さわやかな風と共に通り過ぎていった
ジョギングしていた青年が
そっと私に微笑んだ
死ぬのが怖かったわけじゃない
あの世に安息を求めるより
自分の何かを信じたかった
私の何かを信じたかった
毎日生まれ変わる光の中で
何かがあふれているのを感じた
十四歳の朝
(『月刊 詩とメルヘン』星屑ひろい・自由詩篇より)
「十四歳の朝」 完成





この子に恋しちゃったかも...。
と、思える絵を描けるのは、自己満足なんだけど、きっと幸せなこと。
あとで、詩と一緒にUPします。
暗い影は、手のなかに隠して。
イノセントな感じを出したかった。
新しい朝に生まれ変わる、ということは希望でもあるけれど、昨日までの自分は死を迎えた、ってことでもあると思うから(暗い意味では全然なくって)。
今秋、渋谷Bunkamuraザ・ミュージアムにくる、ミレイの「オフィーリア」への、自分なりのオマージュ的な作品になった、かも。



















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